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Project Eden

【モーリャ】 今から約四億年前、蟹座の方向にある惑星より地球に招霊された九次元霊である。 モーゼとして古代イスラエルに転生し、宗教的指導者となった。 ユダヤ教の創始者として知られる。 エジプトで奴隷のように苦役を強いられたイスラエル人を率いてエジプト
モーリャ(モーゼ)

今から約四億年前、蟹座の方向にある惑星より地球に招霊された九次元霊である。
モーゼとして古代イスラエルに転生し、宗教的指導者となった。
ユダヤ教の創始者として知られる。
エジプトで奴隷のように苦役を強いられたイスラエル人を率いてエジプトを脱出し、紅海を割って渡るという奇跡を起こし、追手の軍団を振り切ってシナイ半島に入り、その地でエホバの神と契約を結び、十戒を授けられたと伝えられている。
天上界では、赤色光線(正義)を担当し、地獄解消の役割を担っている。

1.裏界と呼ばれる場所

私はモーリャである。あなた方の文明ではモーゼと呼ばれている。
地球霊界の中に今回の文明では「裏界」と呼ばれている領域がある。本章では、私がその裏界の話をしたいと思う。

最初に、はっきり言っておきたいことがいくつかある。まずは、現文明のあなた方から見て、「裏側」に当たるからといって、裏界のことをけっして見下してはいけないということである。

その場所が「表」であった文明もあるのだ。あなた方は、自分たちだけが世界の中心にいるかのように思っているかもしれない。しかし、地球霊界というのは、あなた方が想像する以上に多種多様な領域を含んでいるのだ。

もうすでにあなた方は知っていると思うが、多種多様なものをすべて受け入れるというのが、地球創世のときからの基本方針である。それは、我々九次元霊レベルでの決定事項ではない。太陽神霊との申し合わせに基づき、地球神霊が決められたことである。

次に言っておきたいことは、姿形が異形だからといって軽蔑してはいけないということである。あなた方が「妖怪」と呼ぶ者たちのことを言っているのだ。確かに彼らはあなた方のように知的ではないし、理解力もずっと劣るかもしれない。しかし、彼らもあなた方と同じように神につくられた神の子たちなのだ。彼らは常に満足感にあふれ、自分たちの生活を心から楽しんでいる。たとえ知的であっても、不平不満ばかりを心の中にため込み、神に対する感謝もなく生きている者たちよりも、ずっと好ましい存在であると私には思える。

三番目に言っておきたいこと。それは、魔術と呼ばれているものの中にもいろいろあるということである。あなた方は、魔術というと何かいかがわしい、おどろおどろしいものと思っているであろう。

しかし、魔術の中には白魔術と黒魔術というものがあるのだ。確かに黒魔術と呼ばれるものは、魔界の者の力を借り、望ましいものではない。しかし、白魔術は魔界の者とは関係ないのだ。魔術をすべていっしょくたにしてしまっているのが現代人である。そのあたりもはっきりさせておきたいのだ。

2.創造力も神の属性のひとつ

四番目に言っておきたいことは、私が最も強調しておきたいことでもある。裏界の者たちが持つ力を「法力」と呼ぶことがあるが、その力は神が天地創造するときに発揮した創造力と同じものだということ。

あなた方が持つ創造力を、ほとんど封印してきたのが今回の文明である。

自分たちが思っている以上に偉大な力を持っているのが、あなた方神の子たちである。しかしながら、今回の文明では、創造力をできるだけ発揮させないように、あなた方を導いてきた。それは、アトランティス文明の失敗をかんがみ、我々九次元霊が決めたことである。霊的能力に心奪われ、本来の愛を忘れ去ってしまったアトランティス文明の失敗を、我々はけっして忘れることができないのだ。

しかし、本来はあなた方が想像する以上に大きな力を持っているのが、あなた方神の子である。裏界の者たちが発揮する力は、神の創造力と同じものであり、神があなた方神の子に与えたもうた力なのだ。彼らは、その力を思う存分発揮することに専心してきた者たちである。

どうして今になって、創造力について知っておく必要があるのか。あなた方は疑問に思うかもしれない。地球が新たなステージに進むにあたり、創造力というものが重要になってきたということなのだ。

あなた方自身が、あなた方自身が、シフトアップした地球というビジョンを共有し、その実現を確信することが必要なのである。ビジョンを描くということ。それを実現させるということ。それらはすべて創造力によって行われることなのである。それができないと次のステージに進むことはできない。あなた方一人ひとりが肝に銘じなくてはいけないのだ。

3.モーゼの母星

私の母星は蟹座の方向にある惑星である。その惑星の人間たちは、今のあなた方から見ると、巨大な鬼のような姿をしている。皮膚の色も赤や青といろいろである。あなた方には、とても野蛮な者たちに見えるかもしれない。しかし、生命力にあふれ、豊かな創造力を持つ者たちである。

私の母星は、地球のように水や緑が豊富なわけではなく、険しい山岳地帯が多い地形である。私たちは、とても厳しい自然環境の中で暮らしていた。逆に言うと、そのような環境の中であるからこそ、神から与えられた創造力を思う存分開花させ、その中で生き残る生命力を獲得できたとも言えよう。

私が最初に地球に来たときには、地球上にはまだそれほど緑もなく、私の母星と似たような自然環境であった。ただ、当時から地球にはありあまるほどの水があった。たくさんの生命を育てることが予定されていたということなのだ。

地球人類をつくる過程で、私の母星の者たちの肉体を地球に持ってくる必要があった。あなた方はもうすでに知っていると思うが、当時の地球環境はとても厳しく、その中で生き残れる肉体をつくりあげることが最重要課題であったのだ。私は母星に連絡し、「できるだけ強靭な肉体を持ち、生命力にあふれた者たちを集めて、地球に派遣してほしい」と依頼した。そして、約二百万人がやってきてくれた。

私の母星は、もちろんベーエルダのように科学技術が発達していたわけではない。それでも、霊能力を駆使して宇宙船を航行させ、肉体を持って地球にやってこられるだけの能力を有していたということなのだ。それも神の子の持つ創造力の一部である。

彼らにとっては、当時の地球であっても母星に比べたらとても住みやすく、まるで楽園のように感じられたことであろう。私の予想通り、当時の地球でつくられた初期の爬虫類型人間たちともうまく混じり合ってくれた。ただ、彼らにとって、地球があまりに生息しやすい環境であったがゆえに、創造力を磨くことも忘れ、やや堕落する者たちが現れてきたことも確かであった。人間としての品性を欠き、動物的に見える状況が地上に展開された。それでも、とにかく地上に生き残れる人間の数を増やさなければならないという至上命題があったのだ。

私の母星の者たちは、我々の期待に応えてよくやってくれたと思っている。彼らがいなかったら、現在の地球人類は生まれていなかったであろう。今のあなた方は想像できないかもしれないが、彼らが地球で当時の爬虫類型人間たちと混血してくれなかったら、今のような地球人はできていなかったと、私は確信している。私は彼らをとても誇りに思っているのだ。

4.エデンからの逃走

その後、地上の状況を見るに見かねたセラビムの提案で、彼の母星の人びとを呼び寄せることになった。確かにそれも仕方ないことだと思い、私は承諾した。彼らが来てくれたおかげで、現在の地球人のもとになる人類ができたことも確かである。私は彼らにも感謝している。

ただ、セラビムの母星の人びとが来たために、自分たちの人種がなくなってしまうと思い、地上の一部の者たちが、私たちの管理下から逃走するという結果をまねいてしまった。私にとって、とても残念なことではあった。地球で最初のエデンからの逃走である。私たちの庇護のもとから離れて生き延びられるほど、当時の地球環境は甘くはなかった。彼らはほどなく死に絶えてしまった。

肉体を去ったあと、彼らはもちろん、ベーエルダの者たちと同じ霊域で暮らせるはずはなかった。あなた方はもうすでに学んでいるであろうが、波長同通の法則というものがある。彼らとベーエルダの人びとの心境とはあまりに違っていたので、同じ霊域で暮らすことはできなかったのだ。

彼らの数はそれほど多くなく、知的レベルから見ても、その後の地球人の進化発展についていけそうもなかったので、私は彼らの魂を、私の母星に返そうかと思った。

そのとき、エル・ランティをはじめとする他の九次元霊たちから、「地球にとどまらせようではないか。彼らも同じ神の子たちである。多種多様な生命を受け入れるというのが、地球創世時からのコンセプトではないか」と言われた。私が彼らに「どうしたいか」と尋ねたところ、「地球に残りたい」と答えた。彼ら自身が地球にとどまることを望んでいることが明らかになった。彼らの自由意志を尊重することも大切なことだと思い、私は、彼らが地球にとどまることに同意した。

5.妖怪の世界

地球霊界で、彼らは独自の霊域を形成することになった。あなた方が「妖怪」と呼んでいる者たちの世界ができてくることになったのだ。

最初は、私も彼らのところに行き、「もっと学ぶこともあるであろう。少しは努力することも大切だ」と説得した。私の言葉に従い、彼らも地上に生まれてきたものである。しかし、次第に彼らは「自分たちの世界の中で、楽しく暮らしていきたい」と主張するようになった。ときどき人間の世界に出てきて、人間たちを驚かせたりするが、特に害を及ぼすわけではないので、そのまま自由気ままな生活を続けさせてきたのだ。

実は、最初からそのように、自分たちの霊界だけで生活していたわけではなかった。私の言葉に従って地上に生まれても、彼らは普通の人間ではなく、やはり異形な姿をとることが多かった。人を疑うことを知らず、知的にもやや劣ることも確かではあった。そのために差別され、他人に利用されて地上の一生を終えることがほとんどだった。

特にルシがサタンとして地上に生まれたときには、彼らはサタンからひどい扱いを受けた。サタンは彼らの命を虫けらのように思っていた。敵との戦闘では、彼らは最前線でサタンの言う通りに戦わされた。彼らがどれほど犠牲になろうとも、サタンにとってはどうでもいいことだったのだ。そのような地上の様子を見るにつけ、私自身、彼らのことを不憫に思ったものである。だから、「どうしても地上に生まれなければいけない」とはなかなか言えないのだ。

あなた方は、彼らのことを、「なんの努力もせず怠惰な連中だ」と思っているかもしれない。しかし、彼らには欲というものがないのだ。地上の人間たちを見るがいい。死んだあと持って帰れるわけでもないのに、「あれが欲しい」「これが欲しい」と言っているではないか。どうしてそんなに欲しがるのか、私には不思議でならないのだ。

あなた方はわかっているだろうか。自分が欲しいものを、どんな手段を講じてでも手に入れたいと思うところに、魔が入るのだ。

常に欲望に満ち、あわよくば他人の足を引っぱり、自分の欲望を達成したいと思っている者たちが、地獄にはたくさんいる。地上に生きていても、同じような思いを抱いていると、波長同通により、そのような者たちを引き寄せることになる。その思いに魔の爪が掛り、彼らの侵入を許してしまうのだ。

「己心の魔」という言葉を聞いたことがあろう。魔が入るときには、常に地上に生きる人間たちの思いに原因がり、波長同通の法則で魔を引き寄せてしまうということなのだ。その結果、地上を去ったあと、地獄に直行する者たちがあとを絶たない。

そのような人間たちから見たら、妖怪たちのほうが、よほど心が澄み切った者たちだと思う。彼らは地獄に堕ちることはない。魔が爪を掛けることができないのだ。足ることを知らぬ欲望というものが彼らにはないからだ。常に感謝の思いに満ち、満足して生活している者は地獄に堕ちないということだ。あなた方も、よくよく心にとどめておいてほしい。

6.黒魔術の始まり

私の母星の者たちがすべて妖怪の世界にいるわけではない。ほとんどの者たちは、地球人として地上に生まれて普通に生活していた。地上に生まれても霊道は開かれていて、私の母星から来た者たちも、自由に自らの霊能力を発揮することができた。それは私の母星から来た者たちばかりではない。すべての者たちが、自らの個性を自由に開花させることができていたのだ。

ところが、ルシが地獄に堕ち、帝王ルシファーとして君臨してからのち、魔界が急速に拡大してきた。アモールの提案があり、地上の人間たちの霊道を開かせないようにしようということになった。私自身、「そのようなことくらいで、魔界の影響を受けるような地球人でどうするか。正義というものは、そのように弱いものであってはならない。正しき者は常に強くあらねばならんのだ」と、それまで言い続けてきた者である。しかし、実際にルシファーの影響を受けて、地獄に引きずり込まれる者たちの数はどんどん増えていった。そのため、私としても、アモールの提案に同意せざるを得なかったのだ。

魔王として魔界にいる者たちは、ルシとともに堕ちていった者たちが多い。彼らはもともと光の天使たちで、力の強い者たちである。ルシとの縁が深いために、ルシを裏切ることができず、引きずられるように堕ちていったのだ。もともとの力が強いために、魔界においても強力な法力を用いて地獄界の者たちを蹂躙しているのだ。彼らは自らの欲望を満たすためならば、どんなことでもする連中である。私から見たら、神の子としての神性を忘れ去った哀れな者たちである。

魔界において、自己の欲望を実現するための方法がさまざまに開発された。本来、神の方向にその力を用いるべきであったのに、神とは逆の方向に自らの力を用いたものが黒魔術である。ルシファーが魔界の帝王になるまでは、黒魔術は存在しなかったのだ。

地上の者が、他者を犠牲にしてでも自らの思いを達成したいと強く願うとき、黒魔術の世界に足を踏み入れることになる。彼らは、魔界の者と取引をし、自らの欲望を実現させることに同意する。

しかし、あなた方は知っているだろうか。魔界の者たちは、彼らの望みをかなえるために、必ず代償を要求するのだ。彼らは気づかないかもしれないが、その時点で、最も大切な神から与えられた魂の自由意志を、魔界の者たちに売り渡してしまうことになるのだ。他者を犠牲にし、さらに、何よりも大切な自分自身の自由意志を失ってまでも、己の欲望を達成しようなどとは、けっして思ってはならぬのだ。

7.ゴンドワナ文明時代

アモールの提案を受け入れ、地上の人間たちの霊道を閉じさせることにより、確かに地獄に堕ちる者たちの数は減ってきた。しかし、進化発展という面から見ると、ほとんど進歩のない文明が続くことになった。ほんとうに時間がゆっくり流れた時代だった。

「このようなことをしていて、私たちが夢見た理想の地球を実現することができるのか。地獄に堕ちることを恐れるあまり、地球本来の使命を忘れてはいけないのだ。光と闇の二元論の中から、新たな愛の形を見つけること。その地球創世の原点に戻ろうではないか」という私の発言を皮切りに、九次元霊界でも話し合いがなされた。

エル・ランティも私と同じ思いでいたことが明らかとなった。初めは消極的だったアモールやブッダも、私たちの意見に賛成してくれることになった。そして、エル・ランティと私が中心となって興した文明がゴンドワナ文明であった。

ゴンドワナ文明のことはすでに述べられているので、詳しいことはここではふれない。ただ、私の母星の者たちにとって、忘れかけていた感覚がよみがえってきて、大いに勢いづいたことは確かであった。
当時は、神から与えられた創造力を全開し、自らのパワーを発揮することが神に近づく道である、と考える者たちが主流であった。あなた方が裏界と呼んでいた側が表であった時代なのだ。霊能力を発揮できない者たちは、神が自らに与えた力を表現することができない「無能力者」と見なされた時代だったのだ。

ゴンドワナ時代には、各方面での霊能力が開発された。予知能力、物質化能力など、さまざまな能力の封印が解かれたのだ。その後、彼らが霊界に戻ってきても、霊能力開発をやめてしまうことはなかった。今まで眠っていたものが目覚めてしまったのだ。ゴンドワナ文明が終わっても、霊界における霊能力追求への動きは、とどまることはなかった。

霊能力自体、神が私たちに与えた大切な能力である。もともと私の母星の者たちは、そのような個性を埋め込まれてつくられた魂たちが多かった。やっと自分たちの個性に目覚めたのだ。
アモールの三提案で霊道を閉じさせることになり、しばらく忘れてしまっていたが、ゴンドワナ文明でやっと思い出すことができたのだ。私は彼らの生き生きとした姿を見て、ゴンドワナ文明を興してよかったと心から思ったものである。

ゴンドワナ文明のあと、霊的能力を全開させる時代がおとずれることはなかった。感性や悟性、理性が中心となる文明が続き、霊的能力を重視する者たちは霊界では少数派となり、裏界の者たちと呼ばれるようになっていった。

8.裏界と呼ばれる理由

アモールの三提案に沿って、定期的に私たち九次元霊が地上に生まれて法を説くことになった。もちろんそれぞれの個性を通して法を説くことになる。同じ地球九次元から地上に降りたにもかかわらず、個性の違いのために違った法として後世に伝えられることになってしまった。それが原因で宗教上の対立が起こってきたことも事実である。それは、私たち九次元霊が地上に降りたときに発揮できる能力の限界でもあるし、受け取るあなた方の受容能力の限界でもあろう。

九次元霊たちが地上に降りて、神の代理人であることを示すために、霊的能力を見せることがある。そのような力は、私たちから見たら取るに足りないものなのだが、地上の人間たちはその力を目の当たりにして、私たちが救世主であることを認識するものだ。だから、あなた方の認識力に応じて、私たちは自らの霊的能力を発揮してみせる。そのような力は、特に訓練をして身につけたわけではない。九次元霊ともなると、自由自在にそのような力を発揮することができるのだ。それが九次元というものだ。

そのような九次元霊の場合とは異なり、霊的能力の開発を専門にしている者たちが、裏界の者たちである。彼らは長年の経験とデータに基づき、どうすればどのような能力が発揮できるかという方法論を極めている者たちである。九次元霊がトータルに神に近づく過程で自然に身につけているものを、彼らはその能力だけをピックアップして専門的に開発しているのである。

本来、法を学び、愛を実践する中で、神に近づきながら自然に身につける能力である。法の学びや愛の実践が不十分でありながら、力の開発の方法論に走っている点が望ましい姿ではないといえよう。ゴンドワナ文明のあと、そのような考え方をするように、私たちは指導してきた。それで、力だけを追求する者たちが住む世界を裏界と呼ぶようになったのだ。

裏界の者たちであっても、法の理解や愛の実践が重要であることはわかっている。しかし、彼らは、個性としてそのような能力を発揮することを予定されてつくられた魂であることも事実なのだ。だから、地球においては愛を学ぶことが大切であることも知っているのだが、どうしてもそちらのほうはおろそかになってしまうのだ。

裏界にだけ、私の母星の者たちがいるわけではない。ゴンドワナ文明で、本来神から与えられた自らの力に目覚め、その方向で精進を続けようと決意した者たちもたくさんいる。自由意志の中で自らの生きる道を決めたのである。それが最も神のお役に立てる方向だと思えば、その道を進めばいいのである。さまざまな者たちを受け入れることも地球創世時からの理念である。裏界の者たちが裏と呼ばれながらも存在を許されている由縁でもある。だから、私は、彼らのこともわかってやってもらいたいと思っているのだ。

9.白魔術と黒魔術

アモールの提案を受け入れ、地上の人間たちの霊道を閉じさせることにより、確かに地獄に堕ちる者たちの数は減ってきた。しかし、進化発展という面から見ると、ほとんど進歩のない文明が続くことになった。ほんとうに時間がゆっくり流れた時代だった。

「このようなことをしていて、私たちが夢見た理想の地球を実現することができるのか。地獄に堕ちることを恐れるあまり、地球本来の使命を忘れてはいけないのだ。光と闇の二元論の中から、新たな愛の形を見つけること。その地球創世の原点に戻ろうではないか」という私の発言を皮切りに、九次元霊界でも話し合いがなされた。

エル・ランティも私と同じ思いでいたことが明らかとなった。初めは消極的だったアモールやブッダも、私たちの意見に賛成してくれることになった。そして、エル・ランティと私が中心となって興した文明がゴンドワナ文明であった。

ゴンドワナ文明のことはすでに述べられているので、詳しいことはここではふれない。ただ、私の母星の者たちにとって、忘れかけていた感覚がよみがえってきて、大いに勢いづいたことは確かであった。
当時は、神から与えられた創造力を全開し、自らのパワーを発揮することが神に近づく道である、と考える者たちが主流であった。あなた方が裏界と呼んでいた側が表であった時代なのだ。霊能力を発揮できない者たちは、神が自らに与えた力を表現することができない「無能力者」と見なされた時代だったのだ。

ゴンドワナ時代には、各方面での霊能力が開発された。予知能力、物質化能力など、さまざまな能力の封印が解かれたのだ。その後、彼らが霊界に戻ってきても、霊能力開発をやめてしまうことはなかった。今まで眠っていたものが目覚めてしまったのだ。ゴンドワナ文明が終わっても、霊界における霊能力追求への動きは、とどまることはなかった。

霊能力自体、神が私たちに与えた大切な能力である。もともと私の母星の者たちは、そのような個性を埋め込まれてつくられた魂たちが多かった。やっと自分たちの個性に目覚めたのだ。
アモールの三提案で霊道を閉じさせることになり、しばらく忘れてしまっていたが、ゴンドワナ文明でやっと思い出すことができたのだ。私は彼らの生き生きとした姿を見て、ゴンドワナ文明を興してよかったと心から思ったものである。

ゴンドワナ文明のあと、霊的能力を全開させる時代がおとずれることはなかった。感性や悟性、理性が中心となる文明が続き、霊的能力を重視する者たちは霊界では少数派となり、裏界の者たちと呼ばれるようになっていった。

10.龍神の存在

あなた方は、龍というのは想像上の動物で、実際には存在しないと思っているであろう。現文明では確かに、彼らが地上に生まれたことはない。

しかし、過去の文明では彼らが地上に生きていた時代もあったのだ。信じられないかもしれないが、人間の代わりに龍が支配する惑星もある。あなた方のような魂を持った者たちが皆、龍の姿形で生まれるということである。

地球霊界においては、彼らは霊界の次元の壁を自由に越えて移動できる唯一の存在である。あなた方人間の魂は、低次元から高次元への移動は、原則できないことになっている。

しかし、龍神たちは自由に次元を超えて移動できるのだ。「御霊送り」という言葉がある。人間がこの世の肉体生命を終え、自らの次元の霊界に戻るときは、龍神たちが人間の魂を乗せ、次元の壁を越えて移動するのである。

結界を張るというのも龍神たちの役割である。

今回の文明のように、次のステップへの重要な局面を迎えたとき、魔界の者たちの凄まじい妨害が行われる。そのときに、龍神たちが結界を張って、魔界の攻撃から地上の光の天使たちを守るのである。あなた方が知らないところで、とても重要な役割を演じているのが彼ら龍神たちなのだ。

11.裏界の誇り

裏界の者たちは誇りを持っている。
彼らは、自分たちが極めようとしている能力は、神が天地創造したときに使った力と同じものであることを知っている。そして、彼らは、神から与えられた能力を存分に発揮することに喜びを感じている。彼らに言わせれば、表の者たちは、神が何を期待されて自らをつくられたかも知らず、迷いの中にいるように見えるのだ。彼らには、神が自分たちに期待していることを知り、まっすぐにそれに向かって生きているという誇りがある。

裏界の者たちが地上に生まれると、どうしても自分たちの能力を発揮する方向に向かうことになる。霊界で修行して身につけたものを、地上で実際に試したいという思いが出てくるのだ。その力を発揮することが、どのような結果をまねくのかということを、あまり細かく考えたりせずに実行してしまうことも多い。その時代の社会の中で、奇異な集団と見なされたりすることが多いのもそのためである。

時代の流れにうまく乗ることができれば、一気に人気が出たり、巨万の富を手にすることもある。しかし、それも長続きはしないことが多い。もともと富を手に入れることが目的ではないからだ。東洋では「天狗」と呼ばれる者たちに、よく見られることではあるが、彼らの目的は自らの能力を発揮することだけなのである。

もちろん、地上で道を間違えて、死んだ後に地獄界に行き、反省することもある。しかし、自ら偉くなりたいとか、他人の上に立ちたいという欲望がないので、魔界に迷い込むこともなく、短時間で再び裏界に戻ってくることが多い。そして、再び力の修行に励むのである。すべて彼らのしていることが望ましいとは言わない。しかし、迷いのない彼らの姿は、あなた方も少しは見習ったほうがいいのではないかと、私などは思う。

12.ムー時代の対立

レムリア文明時代になっても、もちろん裏界からも多くの者たちが地上に生まれた。建築や彫刻という分野は、彼らの嗜好と共通する部分も多く、比較的ななじみやすかった。そのため、大きなトラブルもなく適応することができたのだ。実際、芸術作品創作という方向に自らの活路を見出し、その後、そちらの方向に進んでいった者たちもいる。

レムリア文明のあとのムー文明は、悟性の文明であった。自然と一体となる素朴なアニミズムは、裏界の者たちにとっては、なじみやすいものであった。アマテラスの時代はムー文明を方向づける時期であったが、当時、地上で彼女に真っ向から対立した勢力があった。裏界の法力系の者には、大きく分けるとふたつのルーツがある。ひとつが私の母星から来た者たちのグループである。もうひとつは、セラビムの母星からやってきたグループである。ムー時代にアマテラスに反旗を翻したのは、私の母星のグループの一部の者たちであった。

もともとアマテラスは、セラビムの母星からやってきた。龍神たちをはじめとする法力系の者たちは、護衛の役割で母星から随行してきた者たちである。法力系はすべて同じだと思っているかもしれないが、いろいろなルーツがあるのだ。

ムー時代にアマテラスが地上に降り立ったとき、私の母星の者たちも、十分役割を知って地上に降りていった。ところが、地上での些細なことからアマテラスに反逆してしまうことになった。調和を説くアマテラスに対し、自らの法力を発揮したい者たちは、彼女に従うことができず、反発してしまうのだった。

彼らは納得して地上に生れていった。しかし、地上に生れてみると、やはりどうも自分たちの性に合わないと感じ、反発してしまったというわけなのだ。そのような結果になってしまったが、地上に生れて、それまで触れることのなかった法に触れ、少しでも学ぶことができたということは、貴重な経験として彼らの魂に刻まれたのである。

どんな経験であっても、その魂にとって無駄なことは何ひとつないのだ。反発をいだく結果にはなったが、彼らが自ら望んでそのような経験をしようと思ったということが貴重なのだと、私は思っている。

アトランティス文明の後、アマテラスを中心とした紫光線の者たちに、極東の島国を任せることになった。今回のシフトアップに当たり、光を発信することが予定されていた地である。そのような大切な地域をアマテラスたちに任せることは、九次元霊たちが話し合って決めたことである。

そのときに、ムー時代に彼女に反発した一部の者たちも、その地域に派遣することを決めた。それは私が提案して、他の九次元霊たちが同意したことである。狭い島国の中で、表と裏がともに協力し、きたるべき時代に備えてほしい、という私たちの願いがこもった決定であったのだ。

実際、シフトアップを達成するということは容易なことではない。魔界の者たちの妨害も十分予想された。そのときに、表の者たちの力では守りきれないのだ。裏界の者たちが結界を張って守る必要があることを、私は知りつくしていたのだ。そのために裏界の者たちも派遣したのである。

現在、日本の「裏神道」と呼ばれるものは、柴光線のセラビム系統の者たちと、私の母星の者たちが、共存しているのである。

13.アトランティスの失敗

「アトランティス文明では、地上の人間たちの霊的能力をある程度解放し、科学技術と融合させながら、徐々にレベルを上げていこう」ということでスタートした。そして、「余裕を持って次のシフトアップにつなげよう」という九次元霊たちの申し合わせがあった。

実際、アトランティス文明では裏界の者たちが相当数生まれ、地上で霊的能力を発揮した。それまであまり縁がなかった科学技術に関する知識も得られ、裏界の者たちにも貴重な経験となった。アトランティス文明は、霊的観点からも科学技術の面からも、それまでの地球文明では達することができなかったくらい高度なレベルにあったことは確かであった。

ただ、愛という視点が脱落していったことが致命的となった。結果として、ルシファーの思うつぼにはまってしまったのだ。天上界でその一部始終を見ていた私は、悔しく、歯がゆい思いをしたものであった。私の母星出身の多くの者たちが黒魔術に手を染め、堕ちていったのだ。

霊道を開かせることにより、これほど多くの者たちがルシファーの影響を受けてしまうということを、アトランティス文明により、身にしみて思い知った。裏界の者たちが、自分たちの力を磨くことに一緒懸命になりすぎ、自らの目指す方向をよくよく考えないと、このような結果をまねいてしまうということなのだ。それを思い知らされたのがアトランティス文明であった。

アトランティス文明に対して、深い反省をする時間も十分にないまま、今回の文明はスタートした。ただ、愛ということを徹底的にたたき込まないと、地上の人間たちは道を間違えるので、最初から愛の教えを降ろすことは、九次元霊が全員一致で決めたことであった。

裏界の者たちばかりが悪いわけではないが、アトランティスの反動から、裏界の者には分の悪い形で今回の文明は始まった。とにかく今回の文明は、できるだけ地上の人間たちの霊道を開かせないで、着実に一歩一歩進もうということになったのだ。

14.人種差別の歴史

異形の者たちは、どんな文明のどの時代であっても、いないということはほとんどなかった。アトランティス文明も例外ではなかった。当時、上半身が人間で、下半身が四本足の動物という者たちが実際にいた。彼らは売り買いされ、奴隷として労働させられていた。知的に少し劣ることもあって、純粋な心を持つ者たちであった。

実は、そのような者たちは今回の文明の、古代ギリシャ時代にもいた。あなた方は神話の中での空想の産物と思っているかもしれない。そうではないのだ。実際に、人間の姿でなく、かといって完全に動物の姿でもない者たちが存在していた。

アガシャー大王は、「彼らも同じ神の子であるのだから、差別してはならない」と諭した。聴衆の中には、その言葉を耳にし、差別をやめた者たちも一部にはいたが、奴隷的な扱いはほとんど変わることはなかった。そのように扱われる彼らの姿を見て、アガシャー大王の王妃は涙を流していたものである。

神は不必要な者たちをおつくりになることはないのだ。そのような姿で生まれることは、彼らの意志でもあるのだ。すべてが神の子であるということを知らしめるために、そのような異形な者たちもつくられたという事情もある。

アトランティス時代に、異形の者たちを蔑視し、奴隷として扱った者たちが、その後どのような姿で生まれてきたか、あなた方は知っているだろうか。今回の文明では、逆に差別される側に生まれてくることが多いのだ。

原因結果の法則を知っているであろう。他人にしたことの代償は、自らに返ってくるということなのだ。「カルマを返している」と言うこともできる。差別した者は、必ずその後、差別される側の悲哀を経験させられるということ。それが神の法則なのだ。

15.次のステージに向けて

あなた方の文明では、裏界の者たちはどちらかというと虐げられた状況にあった。地上に生れても、自分の力を十分発揮することもできず、欲求不満がピークに達している状態であると思う。すでに述べたことではあるが、それもこれもアトランティスがあのような最後を迎えてしまったため、そうする以外仕方がなかったという事情がある。

結果として、あなた方地上の人間たちは、自分たちの力はとてもちっぽけなものにすぎないと思い込むようになってしまった。そして、文明の終盤で急速に発達してきた科学技術に目を奪われ、すべてが科学で解明できると信じるようになってしまった。

霊能力信仰もよくないが、科学信仰も好ましいものではない。科学一辺倒にならないように、スピリチュアル系統の流れもつくってきた。すべては天上界の意思で行われていることである。

最後に科学を超えて、霊的視点に立って次のステージに行かなければならないのだ。それに対し、そうはさせるものかという、凄まじいほどの抵抗を示しているのが、ルシファーをはじめとする魔界の者たちである。彼らは、なりふりかまわぬ無差別憑依で地上を混乱に陥れ、人びとの間に不信感をまき散らしている。魔が入り込むのは、何度も言うが常に己心の魔からである。自らの内なる思いを点検し、常に神の方向に自らの思いを向けることである。

そして、本来人間は神と同じ創造力を持つことを信じ、地球人が団結して次のステージに行くという強い決意を持つことである。地上の人間たちが力を結集し、次のステージへのビジョンを共有することが何より重要なことなのだ。ビジョンを具現化することは、裏界の者たちが最も得意とするところである。

裏と表とが今こそ力を結集し、次のステージに向かうときなのである

16.愛を学ぶために

最初に私の母星の者たちが地球に来てから久しい。私が彼らを母星に帰そうとしたときに、彼らは「地球に残りたい」と答えた。その後、多くの文明を興しながら、私たちは地球の人びとを育ててきた。

すべては、地球において愛を学ぶためである。それぞれの魂がつくられた時期も異なり、込められた個性もさまざまである。その中で、今地球がある位置というものを知り、どうしなければならないか、各自の責任において決めることではある。

しかし、私たち九次元の者たちは、あなた方が力を結集してこの難局を乗り切り、手に手を取って次のステージに進んでほしいと、心から願っている。どうか、自分たちが今までやってきたことは、すべて今このときのためだったと思い、頑張っていただきたい。それが私、モーリャの願いである。

同じような姿形の者たちで、指向する方向も同じ方向、魂の傾向も似ているような者たちで構成された惑星が、シフトアップすることはたやすい。地球は、出身の異なる者たちが集まり、それぞれに好みや指向する方向もさまざまな者たちが集まっている惑星である。その中に、地獄というものが存在し、ルシファーまでいるという、とても厳しい条件がそろっているのだ。

今こそ、それぞれの力を最大限に発揮し、同じ神の子であるのだということを信じ、未来に向けて邁進してほしい。そのためには、このチャンスを逃がすことなく、地球人全員がシフトアップできるように頑張ることだ。

あなた方は皆、神の子である。
できないことは何もない。
私の言葉を信じて、進んでいただきたい。

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