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Project Eden

第2章 この国を護り育てて:天照大神

1.日本神道が守り育ててきたこの地

2.アトランティスが終わり、日本の地が選ばれた

3.大自然と調和した大和の地

4.あなた方が使命を果たす場を、数千年の時をかけて守り育ててきました

5.戦争に負けることにより、日本は多くのことを学びました

6.時代を超え、文明を超えて、この地球中を輪廻転生してきたわたしたち

7.幸せになるのに多くのものはいらない

8.三次元のかわいい子どもたちを愛で包みながら指導しています

9.あなた方は、残された人生の時をどのように生き抜かれますか

10.地球は、大いなるシフト・アップの時を迎えました

11.神の法が説かれる地だからこその、大いなる犠牲でした

12.これからも多くの天変地異が起きるのです

13.人間の心が病んでくると、魔界の者たちのエネルギーは強くなる!

14.愛の星、地球へアセンションします

15.最後の一瞬まで、愛を、命を輝かしましょう

1.日本神道が守り育ててきたこの地

天照でございます。
先ほどより皆さま方が熱心にお話しになられるのをうかがい、わたくしどもも、謙虚に聞かせていただいておりました。

確かに皆さま方がお思いのように、今日の世界の事情、そして日本の実情を鑑みますに、信仰心薄き神の子たちの姿、日本国民の者たちの姿に、やはりわたくしたちもともに心を痛めております。
そして、もう少し的確な指導ができなかったのかと、やはりわたくしたちも反省をしているのでございます。

わたくしたち日本神道がこの地を預かったと申し上げましたが、それは、この救世の計画というものが具体化いたしました頃から、この選ばれた日本の地を神の国として、最終的に神の光を発信する地として守り、この土地の風土を通して、わたくしたち日本神道が用意をしてきたという意味において、お預かりをしてきたということなのです。

そして、わたくしたち日本神道と呼ばれている者たちは、紫の光線というものの中から分かれた一部の者たちであり、ムー文明以来、この日本という国土を守って育てて参りました。

紫の光線の中には、中国の方に分かれていった孔子様を中心とする方々、そして、日本神道と呼ばれている、八百万の神々と呼ばれている者たち、そういう霊団の者たちが集まっているのです。

わたくしたちは日本神道と申しておりますけれども、わたくしたち紫の光線において、最終的なリーダーと申しますか、いちばんの九次元の方というのは、もちろん孔子様でございます。

その孔子様が、今回、この日本の地にお生まれになり、最終的にこの日本の地が、神代の国として、最終的な光を発していく上で、紫の九次元霊が、最後、お出になられているという事実もあるのです。
この地を授かるというのは、そんなに昔から決まっていたのではないのです。

わたくしたちはそれぞれ時をずらしながら、この地球に参りました。
これから多くの神の子たちが修行する場所として、惑星として、修行場として成長させるために、その協力者として、わたくしたちはこの地球に招霊されて来たのです。
そしてこの地を守り育てながら、いくつかの文明を興して、この地球上で修行する者たちの場所や環境を整えてきたのです。

いくつかの文明が興り、そしてそれぞれの修行、使命を終えると、その文明というのは海の底に沈んでいきながら、なくなり、また新たな文明が起きるということがあったのです。

ですから、日本神道と呼ばれている者たちでも、最初からこの日本神道だけの狭い中にいて、他の文明、他の霊系団の方々と一緒に仕事をしていないということは、まずあり得ないのです。

わたくし自身が、レムリア文明の時に、この方(アマーリエ)とも、マヌ様とも、皆さま方と一緒に仕事をしてきたという過去があるのをお考えいただければ、けっして日本神道の者たちだけが、自分たちの殻の中に閉じこもり、ひとつの霊域だけを死守し、他の世界的な意味における救世の事業に関わってこなかったということは、あり得ない話だとおわかりでしょう。

天照大神(あまてらすおおみかみ)

日本神道の主宰神である女神。
現文明の始まりのときから、法を発信する国・日本の礎をつくり、日本の人びとを指導してきた。
また、ムー文明では、女王として生まれ、東洋思想の源流をつくった。
地球人類を指導する偉大な女性霊のひとりである。
セラビムの母星の出身である。

2.アトランティスが終わり、日本の地が選ばれた

たまたま、アトランティス文明が崩壊し、その文明実験が終わった時に、次に地球の周期として、ちょうど世界的に宇宙文明に入っていく、そういう地球の時期が来るということで、天上界の方々、指導霊の方々から、次に興す文明は、宇宙文明ヘシフトアップしていく、そういう大事な時期の文明になる。

だから、その時にひとつの文明としての実験だけではなくて、これまでの文明の集大成として、その場所から地球全体に向けて、神理という、法というものを統一し、地球人類としてまとめ上げていく。
そういう大きな大きな救世の大事業が起きる、そういう時がやってくるのだという説明を受けておりました。

それゆえに、その救世の場所、その一点から、神の光を、地球全体を包み込むように発信し、地球を黄金の神の光の玉にしていく。
そのような大計画の発信基地となる場所はどこにするかということが、まず、その場合に考えられたわけです。

その時に、日本の地というものが選ばれ、この場所から東洋、西洋を一体化し、そこにおいて大救世主がお生まれになることにより、その時までに発達した科学文明、そして通信伝達網を使って、地球を神の子一色に染め上げていく。

そのような救世の大計画が討議され、アトランティス以降、その準備として、わたくしたちはこの日本の地というのを預り、いち早く、中央省庁の方から、日本神道と呼ばれているグループの者たちが降り立ちまして、この日本列島を、神の国として、いずれ行われるべき大救世運動の発信基地にふさわしい地となるように、準備をし、守り育ててきたのです。

ですから、わたくしにいたしましても、天御中主様におかれましても、けっして最初から、この日本神道だけの、この島国、日本だけに引きこもっていたわけではございません。
地球全体の計画に携わる、全体の部署を管轄する、そういう中央省庁というところに最初はいて仕事をしていた者なのです。

それが今回の文明におきまして、救世の大計画の準備として、いち早くこの日本の地に降り立ち、日本の地を預かるという形において、この時期を待ち続けていたというのが、わたくしたち日本神道と呼ばれる者たちのルーツであるということなのです。

そこにおきましては、みなが同じ星から来たわけでもないのです。
たまたまこの日本の地を預かるために、その使命と役割において、わたくしたちはグループを組んで降り立ちました。

そして、わたくしたちが地上の国民たちを指導する上において、それぞれ女神とか、何とかの神という形の役割を持って、降り立つがために、ひとつの日本神道という、そういう宗教色のある、日本神道的な雰囲気というものを醸し出す、そういうものを確立してきたというのが、今までの歴史でもあるのです。

3.大自然と調和した大和の地

ですから、この日本の地が、けっして信仰心のなかった国というわけではないのです。
確かに今の世界レベルで通用する意味において、信仰心深い地にはならなかったということは、確かにあるのです。

それは我々もたいへん反省しているのですけれども、でも日本の、日本神道自体が唱えていたものというのは、万物自然と神の子たち、国民たちが、心をひとつにして、大調和の中に生きる、和をもって旨とするというのが、日本神道の考えでございます。

けっして、宗教団体をつくったり、悟り悟りと言って、内側に反省を持っていくとか、外に向けて大きな教団をつくっていくとか、そういうことではなく、大自然の中に神のお心が宿り、そして、地上にいる神の子たち、人間たちはみな神の子であるから、その大自然と調和をすることにより、神の子たちは神と一体になっていくということ。

そしてそこに信仰心というものが、ささやかな暮らし、日常を通して、人々の生活の中に、生きざまの中に神が息づいていく。

けっして、神というのが特別に、別に教会や聖堂で行われることだけが宗教であるのではなく、我々、日本神道におきまして、信仰心というのは日常の一コマーコマ、一動作一動作、すべてが信仰心であるという、それがわたくしたちの教えでもあったのです。

ですから、教理とか教義とか、そういう難しい言葉で書いたような、そして修行、修行と呼ばれていくような、そういう方法を確立しなかったことが、やはり今日において、わたくしどもの教えというものが残らなかった、理由であったかもしれません。

でも、大和という場所は、けっして好戦的なものではなく、なるべく人と違わないようにと言うと、消極的に聞こえるかもしれませんけれども、なるべく大調和というものを主眼として、みなが仲良く手を取り合って生きていこうという、そういう風土の中に、育ってきたように思うのです。

4.あなた方が使命を果たす場を、数千年の時をかけて守り育ててきました

そして、もうひとつ、この第二次世界大戦について、さまざまなご批判もございますが、日本神道の者たちだけで、もしこの日本という国を一民族だけでとらえていたのであるのならば、このような混乱はなかったように思うのです。

この国の歴史においては、本来の日本神道だけではなく、その後に仏教が入り、キリスト教が入り、戦後はさまざまな新興宗教を通して、外国の神々が興される宗教というものも出てきました。

それはこの小さな島国の中に、世界中のさまざまな流れ、資本主義、民主主義、そして帝国主義と、さまざまなものが流れ入ることにより、ある意味で言うと、最終的なユーピアを完成する地であるからこそ、ひじょうに多角的にものを考えられる場所とするために、さまざまな教材として、さまざまな理念というもの、ありとあらゆるものが詰め込まれてきたのです。

一民族だけで、もしイスラムの地のように純粋なだけであるのならば、このような混乱は起きなかったと思うのです。
でも、最終的に日本の地より、地球全体に対して発信するべき神の地としての使命があったがゆえに、数々のさまざまなものがこの地に流れこんできたのです。

そして、その中において地上というところは、地上に降り立った人間たちが、それぞれの思惑の中で生き、そして、思いをぶつけ、行勤し、結果をつくっていく、原因結果の中において現象というのが起きてくる。
それがこの三次元でもあるのです。

さまざまなものを導入し、そしてその中の軋轢により、さまざまな結果を、複雑な結果をつくっていく。
それが、いいか悪いかは別にしても、その後に救世の大事業に降り立った者たちが、さまざまな要素の中で、いろいろな学びを通しながら、この最終的な現代という時代を見つめ、極められるように。

そして、西洋と東洋の接点という意味においても、科学技術、資本主義、経済力、すべての最終的な最高位にあるものが、ごちゃまぜのように詰め込まれた日本の地であるからこそ、最後、日本を通して、世界というものが今、どういうふうに変わっていかねばならぬかを定義できる。
日本には、そのような地としての使命があったのです。

そうでなければ、馴化されているだけの、後進国のような国であったのならば、この日本の地を通して、偉大な人物は輩出できないことでしょう。

なぜならば、この現代という時代、グローバルな、地球規模的な意味において、神の子たちがいかに心を失っているか、何を宇宙時代に向けて地球人が考えていかなければいけないのか、どのように神の元へ立ち返っていかなくてはいけないのか。
それをみなが疑問の中でひねり出すことによって、魂を成長させるのです。

そして、疑問意識を持ち、それを法の中に展開しながら多くの地球の人々に示せてこそ、説得力ある法の救済計画が実行可能になるわけです。

純粋なだけでは、何もない無菌培養の中にだけあったのでは、最終的な救世の法を説かれるような大事業というのは興せないのです。
現に明治維新の勤王の志士と呼ばれた方々が、すでにこの救世の事業のひとつのリハーサル、練習段階のようにして、彼らが無血革命を行って見せている。

今、あなた方が立ち向かおうとしている、この大救世事業を行うための、すべての答えが詰め込まれるように、この日本の地という地に、ありとあらゆる教材が、いろいろなものが流れ込んできているのです。
その中において、メシアが降りられ、そしてそこにおいて、天上界より怒濤のごとく霊言が降りています。

今、あなた方は当たり前のように、日本人としてお暮らしかもしれないけども、今のこの時期に、日本人として、大和の国民として、この地上に肉体を持つということが、天上界から生まれ変わってこられる時に、どれだけの確率の中で、あなた方が勝ち抜いてこられたかということ。

そのことを思ったのならば、それだけに用意された地に、あらゆる疑問に対して、自分の人生の学びと気づきのチャンスがぎっしりと入った場所に、あなた方はその競争率を勝ち得て降り立たれたということなのです。

それゆえに、たいへんな決意と使命感と、それだけの責任というものを持って、この日本の地に肉体を持たれたということ。
それはわたくしだけではなく、数々の霊人が、おっしゃられておられることではないでしょうか。

そのように、あなた方が使命を果たし、修行できる場所として、ご用意するために、わたくしたちは数千年の時をかけて、この日本の地を預かり、守り育ててきたということなのです。

5.戦争に負けることにより、日本は多くのことを学びました

ぱっと見た分には、戦争に勝った、負けたということが、結果がわかっているのだったらば、勝たせられたのではないかとお思いかもしれない。
でも、あなた方の地上の方々から見たらば、戦争において、その国の民族神が裏で手を回して、その日本の民族が戦争を勝つようにもっていけば、わたくしたちの使命が報われた、正しかったとお思いになるのでしょうか。

戦争はしょせん、戦争です。
人と人が殺し合うという、そのあまりにも浅ましい、幼い、その心境から抜け出さない限り、永遠の神の子の幸福も、平和も、幸せも、訪れないではありませんか。

日本の地が負けることにより、日本民族は多くのことを学びました。
そして世界に向けて、広島、長崎ということを通して、世界に向けて、戦争をしてはいけないのだと、原子爆弾や、水爆などのようなものを使ってはいけない、次また起こしては、人類は最後は地球を滅ぼしてしまうのだと。
そのような警告の意味を発するような、重大な戦争を体験したということ。

長崎、広島の方々には、ほんとうにお気の毒ではありますけれども、地球規模の戦争で、地球人類ぜんぶが亡くなることを思ったのならば、一部の方々の犠牲的な姿により、こういう愚かな戦争はしてはいけないということを、世界中の人が学ぶ機会を与えられたのです。

勝つことだけが正しいと思うのは、地上の方々の論理です。
わたくしたちはたとえ日本であろうと、世界のどこに住んでおられようと、この地球人類が少しでも神の子として成長し、少しでも素晴らしい救済の法として、地球のレベルが上がっていくということ。
その修行の場として、ふさわしい国として、お役に立てるために、わたくしたちは天上界で仕事をしているのです。

けっして、ひとつの民族だけを、一民族神として守り、勝たせることだけがわたくしたちの仕事ではないのです。
人類規模での成長というものを願うからこそ、今この地を守っている、預かっているというだけのことなのです。

いずれ、日本という国もなくなるでしょう。
海中に没することになるでしょう。
その使命を終えれば……。
そして、また別の大陸が現れ、そして、それぞれに悟りを開いた人類が、地球人類が神のもとで、地球民族として、地球人として、みなが手を取り合う。

もう、愚かな国境とか、国とか、民族とかで争うこともない。
地球人として、神の子として、みなが心と心の手を繋ぎ合い、そして、神のもとにひとつになることにより、愛により結ばれることにより、人々が手を取り合い、お互いを助け合い、いたわり合い、神に感謝し、互いに感謝し合って生きていく。

そのようなレベルまで発達した地球というものを、人類というものを、そして神の子というものを表す惑星として、この地球が進化してくれることを、わたしたちは、天上界の者たちは、心から願っているのです。

ですから今は、たまたま、民族神という立場があるというだけのことなのです。

6.時代を超え、文明を超えて、この地球中を輪廻転生してきたわたしたち

そして民族というのは、いつでもひとつの国、同じところに転生輪廻してくるわけではございません。この方(アマーリエ)のように、ずっと西洋のほうにおられてから、今回、日本の地に転生しておられる方がおります。
そして日本にも、今回の救世の計画のために、世界中の宗教の権威であるかのような、皆さまのような方々が、この日本の地に転生しておられているではありませんか。

日本民族がひとつの純粋な血統だけにより、ひとつの純粋な魂の系団だけが転生してくるというような、そのような愚かな発想の言葉に、もう惑わされてはなりません。あなた方は、時代を超え、文明を超えて、霊系団を超えて、さまざまなところに、お一人おひとりの修行の照準に合わせて、この地球中を輪廻転生されているのです。

いろいろなところに生まれておられるのです。
そして、その時に、ひとつの民族、人種という中に組み込まれて、国というものに組み込まれておられるだけではありませんか。

そのような偏狭なもの、小さなものに縛られて、排他的な心を持つから、ひとつの国とか、ひとつの人種とか、そして、ひとつの宗教とか、イデオロギーとかいうことで、さまざまなあつれきを起こし、愚かな戦争というものを人類は生み出しているのではないでしょうか。

神の前に、神の子たちはすべて平等なのです。
けっして、どの民族であっても、他の民族よりも優秀であったり、そして、どの民族のほうが、より価値があり、こっちの民族は価値がないからいなくていいなんてことはあり得ないのです。

すべてが必要であり、すべてが尊いから、神が創造なさられたということ。
それをもって、大調和をしていく、助け合っていくことをもってこそ、神の世界というのは完成されていくのです。

自分が、自分がという思いで、思い上がっていたのならば、互いに助け合い、感謝し合い、大調和の道はないということ。
それをわたくしたちは今、学ぼうとしているのです。

そのために、日本神道は昔から大調和というもの、そして、大自然を通して、神のお心を学ぶということを、いちばんの主眼として訴えながら、人々に伝えてきました。
それが、この日本神道の教えでもあったわけです。
それをもう一度、人びとに取り戻していただきたい。

7.幸せになるのに多くのものはいらない

けっして複雑なもの、権威に満ちたもの、高圧的なもの、人々を組織や、神道だとか、戒律で縛るものではない。
もっともっと自由な、神のお心の中で自由に遊び、自由に学び合い、助け合うような、喜びと感謝に生きるような、それが日本神道が望んでいる神の子の姿であり、信仰心そのものなのです。

ひじょうにシンプルなものなのです。
住まいもすべてが、シンプルなはずなのです。
それが神の子としての生きざまということ。
それをわたくしたちは、もう一度、日本神道として、皆さま方にお伝えしていきたいとも思っております。

物質文明がピークに達し、人びとは持たなくても幸せとは関係ないものを、たくさん、たくさん心の中に、幸せの価値基準としてため込んできました。

そして、いちばんの幸せの原点というもの、なにゆえに神の子たちは幸せを感じるかという大切なことを、愛や信頼、やさしさ、感謝を、見失ってしまったのです。

それをもう一度、物質文明のピークに来たからこそ、人々は脱ぎ捨てて、その足かせから離れて、神の元へもう一度帰ろうと、神の子同士、許し合って手を繋いで、愛し合って、もう一度、親である神様の元へ帰りましょうと。
それを唱えられるのが、今回の大救世運動の、メシアと呼ばれるブッダ様がお伝えになられたかった、いちばん大事なことなのです。

幸せになるのに、多くのものはいらないということ。
それは日本神道が言い続けてきたことと、まったく同じことであるのです。
しかし、そこに至るためには、一度、人類は科学というもの、物質文明というものを発展させ、イデオロギーにおいても、無知蒙昧な世界から、ひとつの知識を詰め込み判断するという、その進化、成長、発展の中を通らなくてはならないのです。

ですから、数々の多くのことを学んできました。
皆さま方にしても、宗教においても、知識においても、科学においても、多くのものを日本という国にいればこそ、生きて、生まれ落ちればこそ、学べたのではないのでしょうか。
他の国にいたら、いかがでしょうか。
一部の文明国以外では、これはどの水準の法の内容も、今回の法の内容にしましても学べなかったのではないでしょうか。

雑多な間違ったものも、たくさんあるかもしれない。
でも、多くの神理を、そして、多くの魂の学びの種というものを、この日本の地は含んでいるのです。
すべてを包んでいるのです。

8.三次元のかわいい子どもたちを愛で包みながら指導しています

その環境の中で、お一人おひとりが、ご自分の心の目でもって、何が神に繋がっていく道か、神の子として、今、どう生きなくてはいけないかということを探し出すということ。
それは、私たち指導霊の役目ではなく、地上に生まれ落ちている、あなた方、お一人おひとりの、努力と責任ではないでしょうか。

義務ではないでしょうか。
そのために、地上に肉をもってお生まれになったのではないのでしょうか。
そのことを、もう少し考えていただきたいと思います。

お一人おひとりの覚悟、お一人おひとりが悟っていかれること。
そのことが、手と手を結び合うことをもって、救世の事業というものは、地球中に広がっていくのです。

忘れてはなりません。
この三次元は、三次元に修行する者たちに、成長と進化、発展を促すために、そのために用意された、神より与えられた、ありがたい修行場であるという観点です。

この地上を支配し、神の意志のもとに、有無を言わさず統合し、神の意志のもとにひとつにまとめ上げて、あなた方を神の操り人形にしてしまうために、この三次元が与えられたのではないのです。
そんな愚かな考えは、サタンの考えです。
それは、おわかりにならなくてはいけません。

わたくしたちは常に、ここの三次元に生まれてくる方々に、少しでも修行の場所として、素晴らしい場所を提案できるように、示すことができるように、そのために心を砕いているのです。

わたくしたち天上界の者たちは、九次元の方々におかれましても、すべてがそのために、三次元のかわいい子どもたちを守り育てるような想いで、この三次元を愛で包みながら指導をしているのです。

わたくしたちの意志をまとめて、この三次元をひとつの理念の中に、支配的に統一したとしたら、それは自由に生きるべき、自由に修行するべき、自由に個性を伸ばすべき神の子たちの修行場としては、失格の三次元になってしまうのではないでしょうか。
あなた方は、そこを考えなくてはいけません。

わたくしたち天上界より、地上を守り育てている者たちは、ただただ、かわいい我が子が育ってくれることを願い、より素晴らしく、進歩して、成長して、光の天使に昇格するくらいの魂が、どんどん地球系列でも誕生してくれるよう、この地球という惑星を守り育ててきたのです。
その最後、ピークが来ようとしているのです。
その意味において、この救世の事業は大事な大事な計画であったのです。

いつでも、周期というのがあるのです。
その周期の中において、やはり大事な計画が立てられ、そして、それをそれぞれの役割の者たちが使命を担いながら、手分けをして、この計画を遂行していくのです。

その意味において、たまたま、日本という地が選ばれてきたということ。
そして、この地を守り育てるために、わたくしたちが担当したというだけのことなのです。

9.あなた方は、残された人生の時をどのように生き抜かれますか

そのことをお考えいただけたのなら、ひじょうに教材の豊かなこの日本という地で、残された時の中で、そして、覚悟を持って選び抜かれて、地上に降り立った光の天使の方々よ。
あなた方は、残された人生の時を、どのように生き抜かれますか?

それが、すべて失敗したのが、神のせいであったと言われますか?
地上に降り立てば、すべて、ままならぬこともあるのです。
すべてにおいて、あなた方が何をなしてきたか、その地上の者たちの努力の集積が、この地上における計画の結果をもつくってくるのです。

原因結果ということを、何度も言われているはずなのです。
原因となるもの、因となるものの努力を、あなた方は、今生、この地上で、この日本でされておられますか、ということです。

エル・カンタラーのこと、そして、その前にお出になられた、エル・ランティの抱えられた団体についても、神がすべて完璧であるのならば、完璧な計画をもって実行できるはずであると、必ず勝てるはずであると。
それは、地上での神の子たちの自由というもの、努力というもの、神のこの地上における存在の意味というものを、ほんとうには理解していない方々の言うことなのです。

神には神の想いがあられます。
神はご自分の想いを、愛の想いを、一つでも多くの惑星の中に投影し、素晴らしい神の惑星、愛の想い、この宇宙中に表現されるために、わたくしたちを創造なさられ、そして、使命を課せられているのです。

そこにおいて、わたくしたちは、それぞれの与えられた自由意志の中において、努力をしながら、自らを高め合いながら、この地上に神の意志に沿うユートピアというものを、ひとつひとつ惑星単位で、国単位で広げていきながら、神の愛の芸術の実現者に、具現者になっていくのです。

でも、結果だけを切り取って与えられるのではなく、そこにおいて、挫折もあります、失敗もあるのです。
でも、失敗があるからこそ、努力をし、工夫をし、高め合い、人々は多くのことを学ぶのです。
永遠の時の流れの中で…。

結果がすべてではないのです。
その大いなる課題をいただいた中において、人々がその役割を通して、努力をしながら、この救世の計画、神のお心を具現化していく、このユートピア計画のために頑張ることをもって、各人一人ひとりが、大いなる成長のチャンスを与えていただいているということなのです。
そのことに意味があるということなのです。

最初から完成されたものだけがよいのならば、最初からそのような惑星を、ポンと念でおつくりになればよろしいではないですか。

この地球も、今まで野蛮な修行段階から、中程度の惑星になろうとしています。
そして、中程度から高等程度になり、そして宇宙には、もっともっと上の修行できる惑星がたくさんあるのです。
そうかと思えば、地球よりはるかに、もっと野蛮な、基本的なことを学ぶ惑星もあるということです。

そのような中を通して、それぞれの人々の修行を通して、神は多彩な彩りをこの宇宙の中にきらめかせながら、神のお心を宇宙全体に投影なさろうとしておられるのだと思います。

10.地球は、大いなるシフト・アップの時を迎えました

わたくしたちも、地球に来る前は、別の惑星におりました。
そして、あなた方もそうなのです。
地球での修行が終われば、別の惑星に行って、あなた方も修行する時が来るのです。

そして、それをある程度、卒業なさると、今度は惑星単位で、霊系団単位で、新たな星に行って、そこで文明を興し、新たな修行場としようと貢献していく。
少しでも自分たちの与えられた愛を、別の方々に分け与えることの中で、愛の循環というものを通して、使命を果たしていこうという、そういう想いで旅立っていく者たちがいるのです。

そのようなプロセスの中で、この地球という惑星が、このシフトアップという、大いなる宇宙文明の一員として、名を連ねられる惑星になれるかどうか、その大いなる実験段階、大いなる救世事業のピークに、あなた方は今いるということなのです。

失敗が多くありました。
まさかという失敗もたくさんあったのです。
でも、それは三次元にいる限りは、しょうがないことです。
数々のことがあるのです。
失敗をしたり、挫折をしたりしなかった人生なんて、どなたひとりとしておられないのです。
それは九次元でも同じであるということです。

でも、三次元をいちばん愛し、三次元にいちばん責任を持って、その指導をしてこられたのが、この地球を中心としておられる、十人の九次元霊の方々であられるのです。
あの方々が人格神であられるからこそ、人格を持って、肉の身を持って修行する神の子たち、人類の気持ちがわかるのです。

九次元を超えて、惑星意識になっていかれた方々は、今度は宇宙単位での責任を果たされることになります。
この惑星に住み、肉体を持って、喜怒哀楽を通しながら、時には傷つけ合い、間違うけれども、互いにその中を通して、学び合い、成長し合っていく。
そういうことを、いちばん親身になって、懇切丁寧に、環境を整えながら、わたくしたちを愛して指導してくださっておられるのが、この地球系の十人の九次元霊の方々であるのです。

その方々に対する感謝と、そして、日頃からの指導に対する絶大なる信頼というものを失っては、地球人類としてのまとまりはつかなくなります。
この十人の方々が、どれだけ今日の計画のために、そして、地球教というひとつの理念のもとに統一されるために、必死に頑張ってきておられるか。

どんな思いで今、九次元の方々が、この地球の、この段階において、努力されておられるかということ。
その信頼を失うようなことがあってはなりません。
そこだけはあってはなりません。
それを惑わすとしたらば、それは間違った考えであるということです。

九次元の方々が、責任を持って指導をされておられます。
それは、わたくしたち、八次元、七次元、天上界において指導する者たちにおいても同じ想いなのです。
同じ肉を持ち、同じ血の流れる肉体を持ったことがある者たちだからこそ、あなた方の痛みも、喜びも、悲しみもわかるのですよ。
そのことを忘れてはなりません。

あなた方を最も愛し、あなた方の苦しさもわかりながら、あなた方の喜びに満ちる世界へ導こうとするからこそ、意味があるのです。
天上界の指導する者たちにとっても、大いなる意味があるのです。
そこの原点を忘れて、新たな世紀へ向かう愛の法というものは、魂の発展はあり得ないのです。

そこにおいて、一点、神と結びつかなくては、あなた方の魂の成長はあり得ないことでしょう。
まず、自分の足もとから、しっかり神に生かされているという原点を見極めることです。

そして、自分たちの魂が永遠の魂であり、神が愛のエネルギー、法則であり、その法則と愛のエネルギーの中で、永遠の時を通し、わたくしたちは進歩、発展、成長していく機会を与えられた、そういう、ありがたい、ありかたい魂たちであるのであると。
そこをしっかりと見極めることが、今回の大事なポイントになっているのです。

そうしていけば、人々は何をしていかなければいけないのか。
愚かな、地球の中で戦争をし合うということが、どれだけくだらないことであるのか。
それを学ぶべき、その判断材料として、今回の第一次世界大戦、第二次世界大戦という戦争が起きるのを、神は見守っておられたのです。
悲しみの涙を流しながら…。

でも、今、間違うことは、いずれこの人類にとって、大いなる学びの判断材料になると思うからこそ、天上界の神々は涙をのんで、起きることを許してきたのです。

11.神の法が説かれる地だからこその、大いなる犠牲でした

間違わないことを望むなどということは、その者たちにとって、進歩発展すること、成長することを阻害することにもなるのです。
いずれ大きな間違いをしてしまうのならば、今、小さな間違いの中において、全体を見抜く力を養ったほうが、人類にとっても、その神の子たちにとっても、ためになることがあるのです。

互いの国々が、核爆弾を投げ落とすことによって、地球全体を滅ぼしてしまい、球体である地球という惑星の上空すべてに、放射能の雲がかかってしまってから、「ああ、しまった」と思っても遅いのです。

何度も申します。
日本における、広島、長崎で亡くなられた方々の魂を、ほんとうに悼みながら、彼らが身を通して示してくださった、そのむごたらしい現状というものを通して、地球人類すべてが、このような愚かしいことはしてはいけないのだということを、学ばせていただいたのです。
そして、その大いなる犠牲を示す場所として、この日本がそれを受け取ったということも意味があるのです。

いずれ、それが、神の法が説かれる地ですから癒されていきます。
大いなる、大いなる学びと判断の中で、人々は自分たちが過去に行ってしまった愚かな過ちというものを、涙を飲みながら、涙を流しながら、広島、長崎の姿を見ているではないですか。

今は子どもたちですら、それを見ているではないですか。
この法を説かれる、この足もとにある国の原爆ドームだからこそ、意味があるのですよ。

次に起きる時、取り返しのつかない戦争は、核戦争なのです。
それを絶対起こしてはいけないという警告として、この日本に落ちた、広島、長崎の原爆の意味があるのです。

今、外国の方々が、多く日本の地に観光にいらっしゃり、長崎、広島を回っておられるではないですか。
かつて敵国であったという、アメリカにおいては、広島、長崎は仕方ないことであったと言って、事実を隠蔽することが行われておりました。
でも、今、この時代になり、アメリカの方々が、広島、長崎に来られて、そのあまりに悲惨な現状というものをごらんになっています。

けっしてどんな正当な理由があっても、このような戦争をしてはいけないということを、民族を超え、時を超えて、涙を流して反省し、日本国民にわびておられる人々がおられるではないですか。
そういう時がやっときたのです。

12.これからも多くの天変地異が起きるのです

戦争を越えて、この時に、人類は大いなる改悛の時を与えられたのです。
この時に、天上界よりの法というものが、広げられていく、大いなる時が来たということです。
本来は、九次元のメシアがおやりになることだけれども…。

それをどうか、わたくしたちもあらん限りの協力をいたしますから…。
あなた方以上に、この日本の地を、この救世の事業の発信地とするために、わたくしたち日本神道の者たちは、渾身の努力をして守り育ててきたのです。

この努力を無駄にしないためにも、あなた方皆、一人ひとりは九次元ではないかもしれないけれども、みんなで力を合わせれば、九次元の方がやり残されたことを、やることは十分可能なのです。

わたくしたちのメッセージを、こうやって聞かれているではありませんか。
残されたこの今という時が、この地球の中において、どれだけ大事な時であるか。

これからも、多くの天変地異が起きるのです。
多くの人々が亡くなっていく、こういう時代であるからこそ、逆に不安を増長するのではなく、人々の心の中に、神の法が染み通っていく、大いなるチャンスとして使うこともできるのです。

天上界は大いなる流れの中で、どうやって人類を導き、覚醒させていくことができるかということで事態を見ているのです。
戦争においても、天変地異においても、多くの人々が亡くなることにおいても、そのようなことだけで、とらえないのです。

いずれ、あなた方、すべての方々が亡くなって、わたくしたちの世界に帰ってこられるのです。
ただ、多くの人々が一度に亡くなっていく惨状を、ごらんになりながら、人々は今、何が起きているのか、そして、魂とは何なのか、死とは何なのかということを、国民単位で、人類単位で考えるチャンスを、神から与えられるのです。

戦争というものを通して、世界中の人々が、「何だったんだろう、この愚かな戦いとは…」と考えるチャンスを与えられるのです。
人々は、やはりそのように心に傷を持った時にこそ、神の法の答えの意味が染み渡って理解できるものなのです。

平和なところで、何一つ不安におかされないような状況の中において、神の法のありがたさをわかれと言っても、なかなかわからないものなのです。

こういう時をもってこそ、大救世計画という中において、神の法の神髄というものを理解し、人々の思いというものを、瞬時に神の方向に染め上げ、神の方向に向かせていこうというのが、今回の大救世計画の目的でもあるのです。
多くの方々が亡くなるかもしれない。痛ましい事故が起きるかもしれない。

13.人間の心が病んでくると、魔界の者たちのエネルギーは強くなる!

そして、今は、魔界の者たちが野放しにされている状況です。
地上の者たちの心が病んでくればくるほど、そのエネルギーを吸って、魔界の者たちのエネルギーは強くなるのです。

今、幼い子どもたちが犠牲になっている姿をあなた方はテレビでごらんになっているでしょう。
何ゆえにこのようなことが起きるのか、それを、こう立て続けにあれば、あなた方も考えられるはずなのです。

人々の心の中にある、母性に対する欠如。
そして、幼い子どもたちを守ろうという、本来の人間として成長するべきものが歪んでしまった人々が、多く生きていることも事実なのです。

そのように病んだ精神構造はどこから出てくるか、そのようなことを多くの人々は、ディスカッションの果てに悟っていくのです。

魂というものを、命というものを軽んじていく。
幼子たちを守っていこうという、基本的な愛の思いすら、今の人類の中には育っていないのです。

その中において、魔界の者たちが跳梁した時に、常に犠牲になるのは力の弱い者たちなのです。
その力の弱い者たちを守るために、人類は皆、力を結束して助け合っていかなくてはいけません。
魔界の者たちを呼び入れるような、磁場の悪い地球にしておいてはいけないのです。

それを打ち消すのは、愛と信頼と優しさの想いです。
そのことを人類は、時間がかかりながらも学んでいくことでしょう。
でも、それは時間がかかるのです。
でも、いちばん大事な法の根本というもの、それを、今、わたくしたちは天上界から降ろしているのです。

エル・ランティが、エル・カンタラーが説かれました法も、すべてそこに戻っていくのです。
その上で、発展させていったものをレムリアが出していくのです。

今、あなた方は、何をしているのか、何の渦中にいるのか、まだまだわかっておられないかもしれない。
でも、これがいずれ残っていった時に、いずれ人類がどのようなターニングポイントを迎えたのか、振り返る時がやってきたのなら、あなた方が、まさに人類の夕-ニングポイント、地球の分岐点の中にいたのだということを理解する時が来られるでしょう。

そのためにも、単なる知識欲や興味本位だけではなく、自分が三次元に生まれたという愛と感謝があるのならば、それを通して、一人でもこの地球の仲間たちに愛を分け与え、そして、この地球を素晴らしい愛の惑星にするために助け合うべきではないでしょうか。
その大いなる計画があり、その計画の中に自分がいてこそ、その使命と役割というものが最大限に発揮されるのです。

一人で孤軍奮闘していても、なかなかできないことがございます。
そのために天上界は計画を立てられるのです。
この計画の流れ、ひとつの時流というものを通して、あなた方はこの中で何ができるかを、ぜひ、ご自分の心に問いながら、なさっていただきたいと思うのです。

14.愛の星、地球へアセンションします

わたくしたちはさまざまな星から来ました。わたくしもそうです。この者もそうです。
他の惑星から来たというルーツの者たちは、今、だいたい指導霊団の中に入っているのです。
落ちていった者もごさいますけれども、だいたいが指導霊団の中に入っていっているのです。

そして、地球を起源として生まれてきた者たちがおります。
そして、わたくしたちの魂の分霊として、また地球系で出てきた者たちもいるのです。

だいたいこのような、大いなる三つの流れがある中で、わたくしたちはすべてを地球人として、地球の仲間として、そして、自分がどの惑星から来たとしても、わたくしは、今は地球人であると申し上げたいのです。

誰よりも、どの方々よりも、どんな宇宙に出て行ったとしても、わたくしたちほど地球を愛している者たちはいないと、声を大にして申し上げられるからです。

どんなルーツがあろうと、この地球と運命をともにしながら、地球に住まう者たちを、自分たちもともに地に降り立ちながら、愛し、修行し、ともに助け合いながら、神のお心にかなうべく、愛の星にしたいと思って、みんなで手を取り合って、長き時、この地球を守り育ててきたのがわたくしたちなのです。

ルーツがどこであるにせよ、神の子であるという意味においては、大宇宙どこに生まれ落ちていても同じでしょう。
であるのならば、どの惑星から来たとしても、わたくしたちは地球人です。
それを忘れないでください。
あなた方も地球人です。

そして、みんな神の子です。
大宇宙で生かされている神の子なのです。
神は愛の普遍的なエネルギーです。
汲めども汲めども尽きぬ愛の想い、それが大宇宙を貫く神のお心であり、神のお姿なのです。

その愛のエネルギーを受けたわたくしたち、神の子たち。
そして、そのエネルギーをいただいて、この地球という惑星を預かり、降り立ったわたくしたち。
民族も国家もなく、人種も超え、ルーツも超えて、みんなで手を取り合い、この地球を素晴らしい惑星にしませんか?
愛の星にしませんか?

そのために今回の救世の事業があるのです。
そのために、今まで秘密とされてきた数々の人類のルーツ、そういう知識が、知恵が、人類に降ろされていることはあります。
でも、わたくしに言わせれば、そんなものは、知らなくてよいことはたくさんあるのです。

それ以上に大事なことは、わたくしたちがみな神の子であり、助け合って、愛に輝く神の子に変わっていくということ。
地球を愛の星に変えていくという、その想いこそが、いちばん大事なことであり、それを、エル・ランティも、エル・カンタラー(仏陀)も、わたくしたちもみな伝えたかった、根本的なことであると思うのです。

この大救世計画が、神代の時より預かりましたこの大和の地から、この日本の国から発せられるということ。
天上界の霊人が、総動員して、今、このメッセージを降ろしている、この場所が、日本の地にあるということ。
そのことをわたくしは、心から光栄に思い、あなた方が今、この地に集い、この救世の大事業のために頑張ってくだされることを、心からあなた方に感謝し、お礼を申し上げたいと思います。

15.最後の一瞬まで、愛を、命を輝かしましょう

肉体における命の長さというのは短いものですよ。
あと何十年生きられるか、わかりませんけれども、最後の一瞬まで、これだけの愛ある法というもの、愛の想いというものを、神より与えられたのならば、この場所に与えられたのならば、生を与えられたのならば、最期の一瞬まで、神の子として、神の使者として、あなた方ができることを、おやりになって、お帰りになられたらいかがかと思います。

最期の瞬間、最後の息を引き取る瞬間まで、神の子としての命を輝かせてください。
神の子としての命を輝かすということは、愛に満ちて人生を生きた者だけが、言葉を超えて周りの方々を、悟らせていくことができるのです。

最期の瞬間まで、息をするたびに愛を輝かせ、神の子であるという、喜びと感謝に満ちて生きてください。
そして、自分のお立場お立場でできることを、この法を広げるために、どうか、お力をお貸しください。
それあっての、この救世の計画なのです。

命がけになって、頑張ろうとする者に、怖いものはないのです。
でも、命がけになっても十分に価値のある、今回のお仕事ではないでしょうか。
どうか、皆さま方のお気持ちの中で、納得がつき、覚悟がつかれるのでしたらば、どうか、この計画のために、天上界の者たちに力をお貸しください。

三次元に肉体を持たれるからこそ、あなた方がやれる仕事は多いのです。
逆に言うと天上界にいて、どれだけ指導したいと思っても、わたくしたちの一存では、肉体がないがゆえにできないこともあるのです。

肉体を待った者たちによって、不祥事も起きるかも知れません。
でも、肉体を持っておられるからこそ、わたくしたちをも超えた、はるかなる仕事がおできになるということもあるのです。

その限りある命の中において、最も価値ある今回の人生を、あなた方が送られることを心よりお祈りし、今日はこれにて失礼させていただきます。

ありがとうございました。

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